2015年2月2日月曜日

タンゴとヴァイオリン 2004年春 通信ティンバ-ライン第2号より

 先日高崎市文での小松亮太&ザ・タンギスツのコンサートに行ってきた。

 小松亮太さんは、アルゼンチンタンゴには欠かせない楽器、バンドネオンの第1人者。何年も前に東京で聴いて、迫力のある演奏と息の合ったアンサンブルに引き込まれ、タンゴってすごいんだなと認識させられた。タンギスツは、ピアノ、ギター、ヴァイオリン、コントラバスというメンバー。演奏者は5人だが、まるで小さなオーケストラのようだ。
 人気者の小松亮太だけに、立ち見も出て熱気のあるコンサートだった。バンドネオンもいいけれど、タンギスツの紅一点、近藤久美子さんのヴァイオリンは色っぽくて、かっこいい。ついついそちらに目がいってしまう。ヴァイオリン・・小松亮太・・そうだそうだ、そういえば・・・
 
 ヴァイオリン好きの私は、十年来五嶋みどりさんのファンであるが、生の演奏を聴きたいと思っていながらなかなかチケットが入手できなかった。おととしの6月、デビュー20周年の記念リサイタルが各地であり、念願かなって長野と東京の2ヶ所、追っかけ状態で聴くことができた。
 危うい繊細さと、何かに乗っ取られたような迫力、精神世界への扉を開く光の様な彼女のヴァイオリン。生のみどりさんはやっぱり世界を相手にする超一流のすごい演奏家だった。

 長野のコンサートが終って、予約した最終の新幹線での帰り、もしかしたらみどりさんもこの電車で東京に帰るのかなあと想像していたら、なんと同じ車両に乗り合わせることになった。ちょーラッキー、神様ありがとう! って感じでどきどきした。私は真ん中へんの座席、彼女はマネージャーらしき若い女性と2人、反対側の後ろの方の席に座った。
 
 振り返って見るのもミーハーみたいで恥ずかしいし、演奏の直後でお疲れのはず、乗客も少ないので、きっとすぐに寝るんだろうなあ、そっとしておいてあげなくっちゃ、でもめったにないチャンス、サインもらおうかなあ、勇気ないなあ・・・とか、後ろの座席がとっても気になりながら、前を向いたままいろいろ考えた。
 
 やっぱりサインはあきらめよう、一緒の電車に乗り合せただけでもいい思い出だわ、と態度を決めた。
 その私の横を1人のおじさんが、前の方からニコニコと、会場で販売していたCDを持って、スーッと通っていった。あれあれ・・・思わず振り返った。みどりさんはスッと立って、にっこりとおじさんのCDにサインをした。あーうらやましい、偉いな、本当は疲れているだろうに。私も行こうかしら、行け!、今なら、と頭の中でまた葛藤した。
 でも、行かなくて良かった・・・おじさんがサインを貰ってニコニコと、自分の席に帰ろうと背中を向けたのとほとんど同時に、彼女の表情は消えた。一瞬にして。
 私はなんか見てはいけないものを見てしまったような気がした。
 
 新幹線が上田に着き、おじさんの一行4、5人が降りていった。ホームから全員ニコニコとみどりさんに大きく手を振っていた。
 代わって乗り込んで来たのが、小松亮太&ザ・タンギスツのメンバー10人くらい。上田でライブがあったのだろう。すぐに車内で打ち上げが始まり、皆楽しそうにビールで乾杯していた。
 
 前には小松亮太御一行、後ろには五嶋みどりという不思議な状態で高崎まで帰って来た。ちょっと落ち着いた私は、せっかくだから一言だけ声をかけようと思い、みどりさんの座っている方の出口へ近づいて行った。
 マネージャーが椅子からずり落ちそうな様子で眠りこけている横で、彼女は窓の外を見つめていた。演奏家ではない、一人の繊細なお嬢さんに戻ったような横顔だった。少しいたわるような気持ちになって、「あの、今日はとても素晴らしい演奏会でした。どうもありがとうございました。」と言った。みどりさんはびっくりした様子で、隣の女性を見ながら小さく頷いた。
 あ、マネージャーを起こしたくないんだなと理解し、私も2人を見て小さく頷いた。

 駅のホームに降りてから、そういえば今のお父さん(五嶋龍君の父)は高崎の出身だよなとか、やっぱり楽器は自分では運ばないんだなとか、外を見て何を考えていたんだろうなとか、電車の中では寝ないのかなとか、いろいろなことをまた思った。